占いのお部屋アクアリースペイン坂店で、
占い師&セラピストをやっています。
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LINE鑑定は現在お休み中です
18:51 
カテゴリー:鑑定メニュー

星読みや日々のつぶやきは
アクアリースペイン坂店 明日香の
ブログにて。



*・+ ☆*.。.:*・° ☆.。.:*・°.☆*・+.。






対面鑑定は、現在、
アクアリースペイン坂店にて
水曜日から日曜日と
なっております。

また、アクアリーの電話鑑定、
スーパーアストロジーにも
不定期ですが、出演中です。




電話は苦手、とか、
遠方の方や対面鑑定はちょっと、という方、
まずはお試しで、という方に。



メールかLINE鑑定も細々とやっています。

生年月日、生まれ時間、
生まれた場所が必要です。
その件については
納得いただけるまで無制限。
だいたい1日で完了しますが、臨機応変に対応いたします。

お支払いは後払いです。銀行振り込みで頂きます。
1件につき5000円とさせていただきます。



すみません( ; ; )
現在、多忙につき、LINE鑑定は、
お休みさせて頂いております。





対面鑑定はアクアリースペイン坂店へ
起こしください。
水曜日から日曜日まで。
http://www.aquary.jp/profile/index.html








*・+ ☆*.。.:*・° ☆.。.:*・°.☆*・+.。





ご自分の生まれ持った運命や資質を



もっと詳しく知りたい方は、



占いのお部屋アクアリー スペイン坂店までお気軽に是非、



いらしてくださいね!



お待ちしております。





*・+ ☆*.。.:*・° ☆.。.:*・°.☆*・+.。





AQUARY スペイン坂店 

営業時間 : 12:00〜24:00

TEL : 03-6416-0303

住所 : 〒150-0042

     東京都渋谷区宇田川町16-15

     椿ビル2F3F



(明日香は水曜日から日曜日まで在籍中です)





*・+ ☆*.。.:*・° ☆.。.:*・°.☆*・+.。





星読みや日々のつぶやきは
アクアリースペイン坂店 明日香の
ブログにて。




アクアリースペイン坂店で水曜日から日曜日まで出演中です
15:26 
カテゴリー:-


占い&セラピーをやっています、明日香です。

アクアリー渋谷スペイン坂店で水曜日から日曜日まで出演中です!


自己愛ができてきたらどうなるか、のサンプル
03:55 
カテゴリー:-
この、3年だろうか。
ちょうど、父が亡くなってからの、3年。

自己愛を取り戻し
自分自身に愛を注ぐを
モットーに
走り抜けてきた

駆け抜けてきた

ズタボロになりながら



そして見えてきたことは

自分自身を愛していたら
他者からの評価や愛を求めなくなるのに
なぜか愛される自分になっていく


そんなパラドックスだった


道のりは苦しかった

しかしこの経験は宝だ



わたしはまず
とことん幸せになる


自分自身がとことん幸せになってから
溢れ出した

余りもの?!
な愛を周りにくばる

それくらいの感覚で生きていきたい


平凡な
普通な
ひとりの
どこにでもいる私として
本当の
平凡な幸せを
受け取れるわたしになりたい


実業の人たちと関わって行くこと
13:59 
カテゴリー:プライベートなつぶやきあれこれ
私は、学生寮の出身で、その学生寮は、鹿児島出身の人だけで構成されている学生寮でした。

女性は1割で、ほぼ男性。みたいな中に混ざっていました。



20年を経て、実業の世界でバリバリ働いている彼らと再会することが

もしかしたらすごく楽しい事かもしれない!と、最近感じています。



自分自身をもっと肯定して行って、

できることをもっと。。。探して行く!



いったんいろんな関係性をリセットしていくような流れもあ
だって、を禁止されていた
07:53 
カテゴリー:-
育ての父の教育方針で、
言い訳を禁止されていた。

だって、とか、でも、という単語を禁止されていた。

それはそれは厳しかった。

また、

ゆっくりやるのは誰でもできる。

が、父の口癖だった。

自分ができたら人の分までやる。
できない人がいるならその人の分までやる。

も、口癖だった。


理由は一切教えてもらえないのが、
我が家の教育だった。


厳しい躾だった。


良い面もあったけど、
その躾も、一度、客観視して分解したほうがよいなと、
最近感じている。



でも、言い訳禁止。って姿勢は、
自分自身、結構、貫かれていて、
その部分は、良いのではないかな、
と、感じている。

ブルガリ プールオム
23:38 
カテゴリー:プライベートなつぶやきあれこれ
男友達がつけていて、会う度にこの香りの記憶が

どうにも脳裏にやきついた。



聞くと、ブルガリ プールオム

らしい。



アラフォーなサラリーマンでも

自然に馴染む。

使い勝手のよい香水って感じがした。



メンズ一番人気

らしいのも、納得。









久々に再会して、お互いに何かを学び合い、

伝え合い、そして、お別れ。



でもこの香りの記憶は、きっと残り続けるだろう。



この香りをどこかで嗅ぐ度に、

すこし切なく、彼のことを思い出すだろう。



お互いにお互いのことを、深く理解していたが、

一緒になることはきっとなかった。

すべてをお互いにわかっていた。

不思議だ。

恋に至るか至らないかというのは、

いったい何によって決まるのだろう?

本当に、謎である。





もう2度と会う事はないかもしれないけど。



元気でやって欲しい。

彼の幸せを切に願うわ。

仕事、頑張ってね。





しかしこの香水、ほんとうに好きだなあ



(↑ においフェチ )
6歳のインナーチャイルドを解放することにより得た、「ゆるし」
15:25 
カテゴリー:私のインナーチャイルド
インナーチャイルドワークのサンプルとして、自分の経験をかきとめていくというシリーズです。



さきの記事は、

先日、2歳のインナーチャイルドの手をつなぐことにより、

安心感を得て、それにより、

1人で歩ける自分になった。

つまり、自立を果たした。

「安心感」と「自立」を、得ました。

という、内容でした。









それよりうんとさかのぼる、もう2年半前くらいのことです。



私の最初のインナーチャイルド救出は、

天音なおみさんという方が主催した

「インナーチャイルドクレイドル」という会においてでした。

そこで、谷原由美さんとの出会いもあり、

本格的にインナーチャイルドヒーリングの道に進む事になったわけです。



インナーチャイルドクレイドルの中で、

救い出したのは、6歳の私です。



あちこちで既に書いているので、重複するかもしれません。





6歳くらいで、ようやく、水をこわがらなくなったわたし。

ただ、水泳教室で、25メートル泳げなかった。



母から、罰として、

長かった髪をショートカットにされました。



私は、自分の長い髪が大好きでした。

ショートカットに無理矢理されて、本当にあのときはショックだった。

泣き叫ぶわたしを、むりやりひきずるようにして、美容院に連れて行った母。





ショックの理由は、

罰を受けた理由が、



お友達の○子ちゃんは25メートル泳げるけど自分は泳げない。



そのことを、恥じた母による、折檻だった。

ということが、根本にあります。



母は、「自分の見栄のために、子供を利用する」と、公言してはばからないひとでした。



気分次第で、殴られたり蹴られたり、

そんな日常でした。







尊厳や誇りを、ずたずたにされている、

という感覚が、日々、ありました。





表向きは着飾り、裕福そうに見える我が家でしたが、

育ての父は、あまり省みず、遊び歩いている人だったようです。

私には優しかったし、じゅうぶん、母のことを大事にしているように見えていましたが、

母はすべてにおいて、不満足だったようです。



その不満をすべて、娘たちにぶつけて、

はけぐちにしているようなところがありました。



妹が生まれると、

まだもののわからない私は、母からされている暴力を、

ふつうに、妹に対して、おこなったりもしていました。



でも、それをとがめられたときに、

「これはいけないことなんだ」

と、学びました。



でも、妹を叩くと怒られるのに、

私は相変わらず、母から暴力を受け続けていました。



そんな中で、

髪を短く刈り上げられたことは、

私の中で、何か重大な、深刻な、事件だったんだと思います。



6歳の女の子は、母に対して、怒っていたんです。きっと。

ものすごく怒っていた。

大人が信じられなかった。



この子と、つながったこと、この記憶を思い出したことが、

私のインナーチャイルドワークの始まりでした。





怒りを解放することにより、

母に対する「ゆるし」の気持ちがわいてきました。



ショートカットになった私、

それなりに、短い髪も似合っていたんだよ、と、

短い髪を、肯定できました。





怒りの解放と、ゆるし。

これが、始まりだったことが、興味深いなとかんじます。



















2歳のインナーチャイルドと手をつなぐことにより得た、安心感と、自立心
15:09 
カテゴリー:私のインナーチャイルド
「インナーチャイルドはどうやって救出すればいいんですか」

質問を受けた。



以前、私のインナーチャイルドヒプノを受けてくれて、

潜在意識のフタを開ける道の第一歩を踏み出した、ある女性から。



もちろんまた、ヒプノをやってもいいのですが。



私自身、その質問を受けて、そうだよね、わたしもまだまだ、できてない部分があって

完全じゃないから、むねをはって、看板出せてないところがあるんだよね。と。



思っていました。



これまでに、自分の中の、何人ものインナーチャイルドを救い出して来たわたしですが、

その記録を、絵本なりなんなりに、のこすことは、面白い作業かなと思いました。

自分のなかで、完全に癒しと解放がすすんだら、

きっと実現するでしょうね。



そんなふうに出来上がったら、人にも伝えやすいし、

それを読んだひとが、自動的に自分の中のヒーリングができていく、ってことも、

ありえると思うんですよね。





最近の、救出、それは、「手をつないでもらいたかった1、2歳児のわたし」です。





はっきりした記憶で残っているんです。



育ての父の休日の日。母と育ての父と3人で車で遠出をしました。

母は、手をつないでくれませんでした。



「この子は1人で歩けるのに、甘えるのよ」



わたしは、手をつないで歩きたかった。



育ての父が、手をつないでくれました。



「このひとは、やさしいんだよな」



と、わたしは、感じていました。





「このひとは、他人なんだけど、やさしいんだよ、だから、味方なんだ」



みたいなことを、感じていました。

当時まだ、言語にはならないんだけど、そういう「感情」は、あったんです。





いつも違和感はあったんです。



孤独感と違和感があった。





。。。。





今の私は、レベル5の、非言語化領域のインナーチャイルドの救出にまで

取り組めていますが、

通常は、レベル4の、言語化領域のインナーチャイルドの救出から行って行くと思います。



以前の私は、1、2歳児のころの自分の中の感情にまで、

入れていませんでした。



遠巻きに見ているだけで、

その子を助けるところまでは、とてもじゃないけど、いけなかったんです。





でも私は、1、2歳児のころを救出して、彼女の信頼を得る事ができました。

自分でもこれは、大きな前進だなと思いました。







方法としては、

その2歳の女の子に対して、何か、聞いてみます。



・どうしてほしい?

・どんな感情?



なんでも思いつくままに、話しかけてみます。



するとその子が話し始めます。



「わたしは手をつないでほしいだけなの。とてもさみしいの。

手をつないでほしいの。」





ここでわたしは、その子に、手をさしのべて、



「わたしが、手をつないであげるから。これで、いい?」



と、聞きます。



その子は、うなずきました。

そして手をつないでくれました。





「どこに行くのでも、わたしが絶対にこの手を離さないからね」



と、言いました。









これらは、変成意識状態で、通常は行いますが、

慣れて来ると、

実は、普通に、その意識状態と、行き来が可能になります。



(でも、まずは、やっぱり、補助が必要でしょうね。はい。)







わたしは、この2歳児の救出以降、

本当に、この、「ひとりであるけない女の子」と、いつも、手をつないでいる感覚を、

自分の中に感じています。







お気づきでしょうか?





「ひとりであるけない女の子」





は、つい最近まで。。。





わたしのなかに、取り残されていたんです。







「ひとりであるけない女の子」





は、ひとつの象徴であり、

そして、私の性格、個性の、根幹をなしている、何か、でもあったんです。





1人で歩けるようになったのは、

大人の私が、母のように、子供の私を、

支えられる大人の女に、成長して来たからです。





ここに不思議な現象がありますが、

すべて、が、私自身、なのだけれども、



ある意味、インナーチャイルドという存在を認めることによって、



孤独感とか悲しみとか、ネガティブな感情を、

自分自身から切り離して、



自分自身をいったん大人にして、

そのようなネガティブな感情を、救出する手段として、

使えているということなのでしょうね。









1人で歩けるようになった「わたし」は、

これから、どんなふうに、歩いて行くんでしょう?







この女の子を助け出して、この子と繋がれたことによって、

私が得た物は、

独りでも大丈夫なのだという「安心感」でした。



それにより、1人で歩いていけるという「自立」を、手にしたのだとおもいます。





































レベルの概念ができてから、1つ開けて来た
11:06 
カテゴリー:セラピー
私がやろうとしているセラピーにおいての、レベル1からレベル6の概念。



たとえば占い師をやっていて、お客さんの話を聞いているときに。

最初に、どうしようかなーと方針を立てる際、



いわゆる「トリアージ」的な判断。。。?

意味が違うけど。。。

(トリアージとは、患者の重症度に基づいて、

治療の優先度を決定して選別を 行うこと。

トリアージュとも言う。

語源は「選別」を意味するフランス語の「triage」である。)





その人が今どれくらいの状況かなというのを判断して、レベルを判断して、

対応をしていたよな、ということを思っていたのです。



それを、言語化せずに無意識にやっていたのですが、

言語化してクリアにしてみたのが、

レベルの概念です。





ここがクリアになることによって、

自分の頭のなかがだいぶすっきりして、前進する事ができたようにおもいます。



私自身がまだまだ、自分の中のインナーチャイルドワークに、

もっととことん取り組まないといけないんだけど、

それは、現実の仕事や社会と向き合いながら

今はまだ、雇われている仕事のなかで、

自分をひたすら訓練して、学んで、つかんで。



その先にきっと見えて来るものがある、そんな気がします。





誰の罪でもないし、責めたくはないからこそ、深くしまいこまれた傷。
21:26 
カテゴリー:わたしの傷のはなし
「見つけづらい」傷は、ある。

誰にも罪が無い傷。こそが、見つけづらい。



だけれどもそのような傷こそが、実は厄介で、

深い傷になっていることがあるように思う。



子供心に傷ついたのだけれど、

誰もわるくないことがわかっていて、

誰を責めることもできないとも、わかっている。



聞き分けの良い子供であった子は、

常に自分を納得させて

感情を、

怒りを、

封じ込める。



そしてその怒りや悲しみは、深く、

深層心理の闇の中に、しまいこまれてしまう。





インナーチャイルドの傷を抱えている大人というのは

子供の頃に、賢かったり、聞き分けが良かったり、優しかったりするタイプの子がほとんどだ。







私が発見した傷は、



「本当のお父さんじゃないお父さんに育てられている」



という傷だった。



しかし、子供心に、私は育てのお父さんのことを、好きになる努力をしていた。

意識がある。3歳くらい。

そのお父さんのことを、はっきりと、客観的に見ている自分の意識を、覚えている。

このひとをすきになろう、このひとはやさしいひとだ、

すくなくとも私を殴らないから。。。だから、母よりはこわくなくて、ましだ。



と。



しかし私は深い孤独感を抱えながら生きていた。



深い深い深い孤独感。



誰ともはなしがつうじない。

誰とも似ていない。



わたしはいったいどこからきたんだろう?

わたしはだれなんだろう?



どうしてこんなに



変人



なんだろう???





どうして父方の親戚は私を疎ましい目でみるんだろう?



私が産まれてきたせいで、母が苦しんでいるのに

私はしぬことができない。





そういう、憤り。



でも、誰も悪くはない。

誰もせめられない。



誰も悪くないから、怒りをどこにもぶつけられない。





それが私の中の、言語化できなかった深い傷だ。





ごく最近、遺伝子上の父の情報を得る事ができた。

その情報は、私の心を、深いところから救ってくれた。

それを受けて、私は、自分の中にあった、



深い、怒りと、憤りと、憎しみにも似た感情を、解放することができそうだ。





誰もわるくないし、対象がないのに、存在する、憎しみ、憤り、恨み。



対象がないから、深くしまいこまれるしかなかった感情。



そこで、前向きに、自分を、「他人から認めてもらえるくらい立派な○○家の長女になれば」と

奮い立たせて来た幼少時代。



そういう感情を分解していけば、



私の中にある、不思議な、こんがらがった感情の闇みたいなものが、

ほどけていくのではないかと。



またセルフセラピーが、新たな段階に突入した気がします。



私は、根源的な、怒りと、憎しみと、憤りを、抱えていた。

















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