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6歳のインナーチャイルドを解放することにより得た、「ゆるし」
15:25 
カテゴリー:私のインナーチャイルド
インナーチャイルドワークのサンプルとして、自分の経験をかきとめていくというシリーズです。



さきの記事は、

先日、2歳のインナーチャイルドの手をつなぐことにより、

安心感を得て、それにより、

1人で歩ける自分になった。

つまり、自立を果たした。

「安心感」と「自立」を、得ました。

という、内容でした。









それよりうんとさかのぼる、もう2年半前くらいのことです。



私の最初のインナーチャイルド救出は、

天音なおみさんという方が主催した

「インナーチャイルドクレイドル」という会においてでした。

そこで、谷原由美さんとの出会いもあり、

本格的にインナーチャイルドヒーリングの道に進む事になったわけです。



インナーチャイルドクレイドルの中で、

救い出したのは、6歳の私です。



あちこちで既に書いているので、重複するかもしれません。





6歳くらいで、ようやく、水をこわがらなくなったわたし。

ただ、水泳教室で、25メートル泳げなかった。



母から、罰として、

長かった髪をショートカットにされました。



私は、自分の長い髪が大好きでした。

ショートカットに無理矢理されて、本当にあのときはショックだった。

泣き叫ぶわたしを、むりやりひきずるようにして、美容院に連れて行った母。





ショックの理由は、

罰を受けた理由が、



お友達の○子ちゃんは25メートル泳げるけど自分は泳げない。



そのことを、恥じた母による、折檻だった。

ということが、根本にあります。



母は、「自分の見栄のために、子供を利用する」と、公言してはばからないひとでした。



気分次第で、殴られたり蹴られたり、

そんな日常でした。







尊厳や誇りを、ずたずたにされている、

という感覚が、日々、ありました。





表向きは着飾り、裕福そうに見える我が家でしたが、

育ての父は、あまり省みず、遊び歩いている人だったようです。

私には優しかったし、じゅうぶん、母のことを大事にしているように見えていましたが、

母はすべてにおいて、不満足だったようです。



その不満をすべて、娘たちにぶつけて、

はけぐちにしているようなところがありました。



妹が生まれると、

まだもののわからない私は、母からされている暴力を、

ふつうに、妹に対して、おこなったりもしていました。



でも、それをとがめられたときに、

「これはいけないことなんだ」

と、学びました。



でも、妹を叩くと怒られるのに、

私は相変わらず、母から暴力を受け続けていました。



そんな中で、

髪を短く刈り上げられたことは、

私の中で、何か重大な、深刻な、事件だったんだと思います。



6歳の女の子は、母に対して、怒っていたんです。きっと。

ものすごく怒っていた。

大人が信じられなかった。



この子と、つながったこと、この記憶を思い出したことが、

私のインナーチャイルドワークの始まりでした。





怒りを解放することにより、

母に対する「ゆるし」の気持ちがわいてきました。



ショートカットになった私、

それなりに、短い髪も似合っていたんだよ、と、

短い髪を、肯定できました。





怒りの解放と、ゆるし。

これが、始まりだったことが、興味深いなとかんじます。



















2歳のインナーチャイルドと手をつなぐことにより得た、安心感と、自立心
15:09 
カテゴリー:私のインナーチャイルド
「インナーチャイルドはどうやって救出すればいいんですか」

質問を受けた。



以前、私のインナーチャイルドヒプノを受けてくれて、

潜在意識のフタを開ける道の第一歩を踏み出した、ある女性から。



もちろんまた、ヒプノをやってもいいのですが。



私自身、その質問を受けて、そうだよね、わたしもまだまだ、できてない部分があって

完全じゃないから、むねをはって、看板出せてないところがあるんだよね。と。



思っていました。



これまでに、自分の中の、何人ものインナーチャイルドを救い出して来たわたしですが、

その記録を、絵本なりなんなりに、のこすことは、面白い作業かなと思いました。

自分のなかで、完全に癒しと解放がすすんだら、

きっと実現するでしょうね。



そんなふうに出来上がったら、人にも伝えやすいし、

それを読んだひとが、自動的に自分の中のヒーリングができていく、ってことも、

ありえると思うんですよね。





最近の、救出、それは、「手をつないでもらいたかった1、2歳児のわたし」です。





はっきりした記憶で残っているんです。



育ての父の休日の日。母と育ての父と3人で車で遠出をしました。

母は、手をつないでくれませんでした。



「この子は1人で歩けるのに、甘えるのよ」



わたしは、手をつないで歩きたかった。



育ての父が、手をつないでくれました。



「このひとは、やさしいんだよな」



と、わたしは、感じていました。





「このひとは、他人なんだけど、やさしいんだよ、だから、味方なんだ」



みたいなことを、感じていました。

当時まだ、言語にはならないんだけど、そういう「感情」は、あったんです。





いつも違和感はあったんです。



孤独感と違和感があった。





。。。。





今の私は、レベル5の、非言語化領域のインナーチャイルドの救出にまで

取り組めていますが、

通常は、レベル4の、言語化領域のインナーチャイルドの救出から行って行くと思います。



以前の私は、1、2歳児のころの自分の中の感情にまで、

入れていませんでした。



遠巻きに見ているだけで、

その子を助けるところまでは、とてもじゃないけど、いけなかったんです。





でも私は、1、2歳児のころを救出して、彼女の信頼を得る事ができました。

自分でもこれは、大きな前進だなと思いました。







方法としては、

その2歳の女の子に対して、何か、聞いてみます。



・どうしてほしい?

・どんな感情?



なんでも思いつくままに、話しかけてみます。



するとその子が話し始めます。



「わたしは手をつないでほしいだけなの。とてもさみしいの。

手をつないでほしいの。」





ここでわたしは、その子に、手をさしのべて、



「わたしが、手をつないであげるから。これで、いい?」



と、聞きます。



その子は、うなずきました。

そして手をつないでくれました。





「どこに行くのでも、わたしが絶対にこの手を離さないからね」



と、言いました。









これらは、変成意識状態で、通常は行いますが、

慣れて来ると、

実は、普通に、その意識状態と、行き来が可能になります。



(でも、まずは、やっぱり、補助が必要でしょうね。はい。)







わたしは、この2歳児の救出以降、

本当に、この、「ひとりであるけない女の子」と、いつも、手をつないでいる感覚を、

自分の中に感じています。







お気づきでしょうか?





「ひとりであるけない女の子」





は、つい最近まで。。。





わたしのなかに、取り残されていたんです。







「ひとりであるけない女の子」





は、ひとつの象徴であり、

そして、私の性格、個性の、根幹をなしている、何か、でもあったんです。





1人で歩けるようになったのは、

大人の私が、母のように、子供の私を、

支えられる大人の女に、成長して来たからです。





ここに不思議な現象がありますが、

すべて、が、私自身、なのだけれども、



ある意味、インナーチャイルドという存在を認めることによって、



孤独感とか悲しみとか、ネガティブな感情を、

自分自身から切り離して、



自分自身をいったん大人にして、

そのようなネガティブな感情を、救出する手段として、

使えているということなのでしょうね。









1人で歩けるようになった「わたし」は、

これから、どんなふうに、歩いて行くんでしょう?







この女の子を助け出して、この子と繋がれたことによって、

私が得た物は、

独りでも大丈夫なのだという「安心感」でした。



それにより、1人で歩いていけるという「自立」を、手にしたのだとおもいます。





































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